人事の仕組みはサイエンスかアートか?本質を探る

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今回は、人事の仕組みはサイエンスなのかアートなのかということについて書いてみたいと思います。ここでは、サイエンスを再現性が高いことと定義し、アートを再現性が低いことと定義します。つまり、サイエンスであれば、再現性が高く、誰が行っても同様の結果が得られ、アートであれば、再現性が低く、行う人によって結果のばらつきが大きいということを意味します。

いろいろな考えがあるということを前提としたうえで、私は、人事の仕組みは「真理のないところにサイエンスを創り出し、同時にアートの余地も意図的に作る必要があるもの」と考えています。自ら人事の仕組みを設計・運用する時には、この考えに基づいて行ってきました。以降のパートでより詳細に議論していきます。

 

サイエンスを創り出す

まず、「サイエンスを創り出す」ということについて書いていきます。ここでは、物理法則のような世の中の真理を明らかにするというような意味ではなく、そういった真理が存在すると思えないところに科学性を創り出すという意味で書いています。

報酬制度を例にしてみます。報酬制度のなかにサラリーレンジがあります。基本給の金額の幅をどのように決めるかについて考えてみます。その際に、マーケットの中央値を参考にしている組織は多いのではないでしょうか。中央値とは、マーケットの中にある値を大きい順(または小さい順)に並べて、上から数えても下から数えても真ん中の値を意味します。つまり、中央値を決めるためには、一番大きい値と一番小さい値、そして値の数が必要です。この3つの数値が変わると、自ずと中央値も変わってきます。いわば、中央値は、状況やデータの収集方法により変動しやすいと言ってもいいでしょう。

サラリーレンジを設計する際に、この中央値を参考にするとします。例えば、中央値の上下〇%を上限値と下限値としてサラリーレンジを設計するやり方もあるでしょう。また、中央値をサラリーレンジの真ん中の値として、上下のグレードのサラリーレンジと□%重複させるという設計の仕方もあるでしょう。このように、中央値とサラリーレンジの設計方法が決まれば、サラリーレンジは再現性高く設計することができるようになります。

更に、世の中にある組織の数と比べて、サラリーレンジの設計方法のバリエーションは圧倒的に少ないので、世の中の組織が中央値に基づいてサラリーレンジを設計すると、それらのサラリーレンジの科学性は、一つの組織をこえていくことになります。

このように人事の仕組みの科学性を高めることで、組織にとってどのようなメリットがあるでしょうか。たくさんのメリットが考えられますが、私は「組織能力の標準化による底上げ」を強調したいと思います。科学性が高まるということは、再現性が高まるということを意味します。つまり、その仕組みを活用する人によって結果のばらつきが大きいのではなく、活用する人が違ってもその仕組みによって生み出される結果のばらつきが少なくなるということです。

例えば、パフォーマンスマネジメントについて考えてみたいと思います。パフォーマンスマネジメントを「結果を出しやすくするための仕組み」と定義します。この定義を実現するために、期初にその役割に求められる成果を明確にして、その成果を出せるように年度を通じて継続的に上長と部下で会話を行い、期末ではその求められる成果を出せたことを確認するというプロセスを創造します。そして、それぞれの場面で上長が行うことや部下が行うことを明確にしていきます。更に、上長や部下を含む組織内の人々が、そのパフォーマンスマネジメントの意図やそれぞれの場面で行うことや行い方について理解を深め、実際に練習をしてみて実感するためのトレーニングを設計して実施します。これによって、組織の人々は、Why、What、Howを理解して、できる状態になります。こうすることで、パフォーマンスマネジメントの仕組みがなかった場合に比べると、組織能力のばらつきはより少なくなり、標準化することができるようになります。

 

アートを作る

次に、「意図的にアートの余地を作る」ということについて書いてみます。先ほど定義したように、ここでは、アートとは再現性が低く、個別性が高いということを意味します。なぜアートの余地を意図的に作る必要があるのでしょうか。私は、人事の仕組みが対象としていることは、どんなに科学性を追求したとしても、すべてのことを科学にすることは難しいと考えています。個別の背景や状況をすべて網羅することは現実的に難しいため、それらに柔軟に対応できる余地を設ける必要があります

また報酬制度を例にしてみます。報酬制度の中に、昇給の仕組みがあります。レイティングであれ、能力であれ、成長曲線であれ、昇給の決定方法を設計することで科学性を高めることができます。ここでは仮にレイティングに基づいて昇給が決まるという仕組みで考えてみます。例えば、レイティングを期待をこえる、期待通り、一部期待通り、期待を下回ると設定したとすると、期待をこえるは〇%の昇給、期待通りは□%の昇給、一部期待通りと期待を下回るは0%の昇給としたとします(ここでは分かりやすさを優先してシンプルな内容にしていることをご了承ください)。これによって、昇給の%は科学性高く決まります。

一方で、この仕組みに当てはめることが組織にとってデメリットになる場合もあります。例えば、Aさんの成果が、同じ期待をこえるだったとしても、特別な貢献やはるかに卓越した成果として評価される場合のことを考えてみます。この場合、仕組みに則ると、期待をこえるの〇%が適応されます。しかし、Aさんの成果の水準を考えると、組織としてもより高い昇給%を適応したほうが妥当だと考えられる場合があります。科学性だけではこういった個別事情に対して対応をすることは難しくなります。そこで、敢えてアート性を持たせることで柔軟性高く運用することができるようになります。Aさんの状況や他のメンバーの状況、組織やそれを取り巻く状況等を考慮して全体最適を考えることができるようになります。

このように、個別性が考慮できる柔軟なアプローチを意図的に設けることのメリットもたくさん挙げることができると思いますが、私は、「組織能力の向上」に焦点を当てたいと思います。アート性があるということは、標準化できない個別性があるということです。つまり、個別事情を考慮して最適解を導き出す必要があります。個別事情なのでそれぞれの事象も異なり、考慮すべきことも状況に応じて異なります。こういった様々異なる状況の中で組織にとって最適となる解を導き出すことは、組織能力の向上につながります。特に、昨今の変化が激しく前例に頼れる状態が少なくなってきている環境においては、個別事情をより包括的にとらえて全体最適解を導き出していく能力は、より重要になってきていると感じています。

例えば、採用について書いてみたいと思います。採用においても科学性を創ることは重要です。そのために、人材要件を明確にしたり、面接の基準を設けたり、プロセスを設計したり、面接官のトレーニングを設計・実施したりする必要があります。一方で、プロセスや人材要件、面接基準など科学性だけではカバーしきれない部分もあります。例えば、候補者と面接をした際に、その基準には明確に当てはまるとは言えない一方で、面接官にはあるインスピレーションを感じる人材がいることもあります。このインスピレーションは、実際にその役割を担ったからこそ感じられるもので、そのポジションを担ったことのない人にとってはピンとこないものです。こういう場合に、基準を満たしていないからという理由のみでお断りをすることはリスクを伴う場合もあります。基準には満たなかったとしても、面接官が感じたインスピレーションをより具体的に理解するように他の面接官と議論したり、組織の状況や外部環境なども考慮したりして、基準をそのまま適用するのが良いのかどうかを考えていくことが重要です。その基準に完全にはあてはまらなかった人材が、入社後にハイパフォーマーとなって組織の成長をけん引したということもあります。もちろん、逆のことも起こり得るので、直感を必ず優先すべきというのではありません。人事の仕組みは、サイエンスのみで構成するのではなく、アートの余地を意図的に作ることが重要です。

以上、人事の仕組みは「真理のないところにサイエンスを創り出し、同時にアートの余地も意図的に作る必要があるもの」という私の考えについて、私が実際に仕組みをどのように設計・運用しているかという具体例も交えて書いてきました。このような人事の仕組みによって、組織能力が標準化されて、更に向上され、ひいてはすべてのステークホルダーに価値を提供してビジネスの成功に貢献していきます。

 

まとめ

今回は、人事の仕組みは、サイエンスなのか、アートなのかということについて述べました。ご覧いただきありがとうございます。これらはあくまで私自身の経験と考えに基づくものですが、多くの方々にとっても有益なヒントとなることを願っています。なお、この記事は私の個人的見解であり、所属組織とは関係ありません。

皆さんは、人事の仕組みはサイエンスだと思いますか?それともアートだと思いますか?

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